娘は近所の保育園に通っています。別におおくの保育士を大和高田で採用するには近隣に幼稚園・保育園はいくつかあったので、パンフレットや説明会を参考に、どこに入園させるべきか妻とあーでもないこーでもないと議論していました。その結果、少し離れた、体育の授業に特色のある幼稚園に入園させたいと決めました。もうしかし私たちと同じように、小さいうちから子どもに期待をかけて少しでもいいところに通わせてあげたいと考える親は多いようで、入園希望者は定員よりもはるかに多く、入園は抽選にゆだねられました。結果は落選。そして悲しいことに、第2、第3の候補も同じく入園希望者が多く抽選になり落選してしまったのです。結果として近所の保育園に通うことになりました。こんなに伊丹では水漏れがわかるのはどうも最初は正直、落胆の気持ちがありました。しかしここに入って良かったと思えるような出来事があったのです。普段は妻が娘を迎えに行くのですが、たまに私が迎えに行くことがあります。2,3回目のお迎えだったでしょうか。玄関にいる先生に娘を迎えに来たことを伝えようとしたとき、先生が先んじて「○○ちゃんのお迎えです」とインカムで娘を呼び出してくれたのです。さても大阪で人探しをする探偵が行方調査でやってはその先生は娘の担任ではなかったのですが、違うクラスの保護者の顔まで覚えているのかと、本当に驚きました。毎年何十人という子どもを新しく覚えるだけでも大変なはずなのに、その保護者、しかも普段は迎えに来ない方の親まで記憶するのは相当な努力が必要なはずです。私はこの時、この話題では奈良が保育園のことを調べてはこんな先生がいる園に子どもをあずけることができて本当によかったと思い、嬉しくなりました。
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保育園の先生の情熱がすごい!
子供が保育園の年長さんになったときの先生でした。コロナが落ち着いてきて、運動会の出し物の練習をしていると子供から聞きました。ダンスの曲目を聞くと、WHITEBERRY(私の世代はジッタリンジン)の夏祭りということで、曲に合わせて太鼓を叩くということでした。私は若い頃にバンドや弾き語りを少々かじっていましたので、子供に「ちょっと弾いてみるから太鼓叩いて見せてよ」と言って、一緒にセッションすることに。早速コードを探して練習し、実際に一緒に合わせた時は子供が感動して、折角だから動画撮るか!となって、簡単なYouTube動画を作りました。お迎えの時に先生に夏祭りの練習をしていて動画も撮ったことを話すと、実は私と同世代で夏祭りは親世代が知っているはずだから親子で楽しめるというコンセプトの選曲だったそうです。因みに先生もジッタリンジン世代で、若かりし頃の音楽の話しに花が咲きました。子供と一緒に撮ったYouTube動画も実際に先生方で観てくれて、みんな感動して泣いた先生もいたそうです。そして、卒園前の文化祭では、「お題目を何にしようか考えています」という話になり、劇団系にしたいとのことでしたので、劇団四季のライオンキングとかどうですかねー?と話していたら、本当にライオンキングに決まったみたいで。それからの練習内容はわかりませんが、本番を観させてもらって6歳の子供たちとは思えないほどの完成度でした。もちろん、それぞれの子供の特徴やポテンシャルは勿論ですが、個性を知り尽くした配役と、セリフへの感情の乗せ方や抑揚、最後のカーテンコールからの退場の仕草まで、見事なまでの出来栄えでした。言わずもがな、先生がどれほど考えて工夫して、子供たちとの信頼関係が強いか、うまくできない事の数々を子供を乗せながら乗り切ってきたかが透けて見えるほどでした。私も他の親御さんたちもみんな終始泣きっぱなしで、後日お迎えの時に先生にそのことを話すと、「燃え尽きました~」と言いながら、涙を流して裏話を話してくれました。子供にとって、こんなアツくて素敵な先生に出会えたことに、とても感謝しています。小学校の入学式が終わって、制服とランドセルを背負い、新しいスタートを切って成長していく姿を、その先生に見てもらうために小学校へ。他の親御さんも同じ気持ちだったみたいで、ほとんどの子がそれぞれの制服を着てその先生に会いに来ていました。その先生の周りに集まって話をしている子供たちを見て、改めて凄い先生だなぁと思いました。
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自転車拒否の子どもに困り果てた親を救った保育園の先生の機転を利かせた行動
子どもがまだ2歳の頃、イヤイヤ期真っ只中で毎日イヤイヤスイッチがいつ入るか冷や冷やしながら生活していました。保育園ではそんなイヤイヤな素振りを見せず、とてもいい子に過ごしているようで、その分家では大爆発している様子でした。特に苦労したのが自転車での送迎でした。朝送る時はわりとすんなり自転車に乗り、ヘルメットを被るのですが、帰りは全てを拒否。ヘルメットももちろん拒否で、抱き上げて乗せようとするも足を全力でバタバタさせて暴れまわりました。そんな日々が毎日続いたので、お菓子を使って気を引く作戦でなんとか日々を過ごせていました。ところが、お菓子で気を引いても全く効果がない日もあり、途方に暮れていたところ、交通整備をしていた保育園の先生方が通りがかりました。その中に子どもの担任がおり、「あれ?〇〇ちゃんどうしたの?」と声をかけてくださいました。我が子のイヤイヤする姿に先生もびっくりしながらも、「お母さん、大丈夫?私にできることある?」と優しく聞いてくれ、「私が抱っこすれば乗ってくれるかな?」と子どもを抱きかかえて乗せてくれました。子どもも先生の言うことはすんなりと聞いてくれるので私も心底ほっとしました。先生は「かっこいい自転車だねー!いいねー!また明日ねー!」とにこにこ笑顔で見送ってくれました。イヤイヤ期の子をもつ親は毎日イヤイヤと向き合い、ただでさえ疲弊していますが、外でイヤイヤされると余計に困ってしまいます。心が折れそうになっていたところをあの先生に救ってもらい、心が軽くなり先生という頼れる人がいるという安心感が生まれたのを覚えています。
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皆の前で名指しで褒めてくれた園長先生
何かとできない事が多くて幼稚園で目立っていた息子は、学年が違っても全ての先生に覚えられており、恥ずかしさから嫌だなぁと思っておりました。ある日「園長先生に僕だけ褒められた」と喜んで帰宅した息子。驚きと同時に、何かしら勘違いだろうと思いました。真っ先に「どうして褒められたの?」と質問すると、「七夕祭りの練習で僕だけ大きな声が出ていたから」との事です。それなら納得しました。予想通り大々的に褒められるほどの事ではありませんが、幼稚園入園以来、初めてみんなの前で自分だけ褒められたという経験は、親子どちらにとっても他に代えがたい喜びです。そんな日が来るとは思っていませんでした。園長先生が子供の良いところをしっかり見ていただいているおかげです。この経験は子供の自己肯定感につながったようで、それまで小さな声でしか発表できなかったのに大きな声で発表できるようになりました。その結果、担任の先生にも褒められ、好循環が続いています。お友達とも大きな声でハキハキ話せるようになったので交友関係も広がりました。園長先生の一言でこんなに子供が変わり、感謝でいっぱいです。まだまだ人生は長いですが、内気で自信のない息子の人生を変えていただいたと言っても過言でありません。
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チックの息子を救ってくれた幼稚園の先生
息子が年長さんだった頃の話です。息子は年長になるタイミングで他県から引っ越しをしました。それまで仲の良かった友達や大好きだった幼稚園、先生方との別れはまだ幼い息子にとって非常に辛いものでした。新しい幼稚園に通い始めた息子はやがて毎朝腹痛を訴えるようになったのです。トイレへ行っても治らずしばらく休憩して毎日遅刻して通園する日々。病院で精密検査をしましたが異常は見つかりませんでした。悩んだ私は園長先生に相談。すると町のスクールカウンセラーさんを園に呼んでくれることになったのです。相談の席には園長先生と担任の先生も同席してくれました。そこで息子の様子を伝えると、スクールカウンセラーさんからチックの疑いを指摘されたのです。過度のストレスによるチック性の腹痛ではないかということでした。そして今後は腹痛が起こっても必要以上に心配な素振りをせず息子に不安やストレスを感じさせない環境つくりが求められました。私は園長先生と担任の先生と相談し、腹痛が起きてもできるだけお休みせずに通わせることを約束しました。先生方からは、息子の良い部分に注目して好きなことを伸ばしたり、自分に自信が持てるきっかけ作りをするつもりだと言われました。その日以降、私はどれだけ遅刻しても毎日息子を幼稚園に連れて行きました。そして園長先生は息子が絵が好きなことに注目して、毎日園ですれ違うと息子の絵を褒めてくれるようになりました。担任の先生は、息子が絵を書くとクラスのみんなに見せてくれました。こうして少しずつ絵を書くことに自信を持った息子は、幼稚園へ行くことが楽しみになりました。「今日も先生に僕の絵を見せたい」と言って家で書いた絵を何枚も先生にプレゼントしました。そんなある日、全国こども絵画コンクールに応募した息子の絵が何と入選したのです。息子はとても喜んで、大得意な顔で症状を園長先生と担任の先生に見せました。2人共とても喜んでくれて、「これでもう大丈夫ね。」と私にコソッと言ってくれました。絵に自信を持った息子は小学生になってから絵画教室へ通うようになりました。将来の夢は画家です。息子の良さを引き出してくれ、自信を持つきっかけを与えてくれた2人の先生には本当に感謝しています。
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私の「今」は幼稚園のころの先生の教えのおかげです
私が幼稚園に通っていた時、素晴らしい先生がいました。彼女の名前はT先生で、私たちのクラスをとても楽しく、また課題を与えてくれるように教えてくれました。
私が一番楽しかった思い出は、先生と一緒に行ったキャンプでした。私たちはバスで山の中へと向かい、自然の中でたくさんのアクティビティを楽しむことができました。私はキャンプファイヤーでマシュマロを焼くのが好きでしたが、T先生が私たちにゲームを提案してくれたときは、とてもワクワクしました。私たちは夜中にキャンプサイトの周りを走り、隠れんぼをして楽しんだのです。その後、先生は私たちにおやつとして美味しいスナックを振舞ってくれました。それはとても楽しい思い出です。
また、先生は私たちに日本の文化についても教えてくれました。お正月には、先生が和服を着て、私たちにお雑煮を振舞ってくれました。私たちは、初めてのお雑煮に大興奮でした。先生は、日本の伝統文化を通じて、私たちに日本の素晴らしさを教えてくれたのです。
T先生は私にたくさんのことを教えてくれました。彼女のおかげで、私は自分自身に自信を持つことができました。私たちは、とても楽しい時間を過ごし、私たちが成長する上で必要なスキルを身につけることができました。私はT先生にとても感謝しています。
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離任式でずっと担任だった先生とお別れ
私の子どもは、小学校に入ってからもずっと学校になじめず、朝は泣きながら学校に通っていたほど。しかし、良い先生に巡り合えて、先生と話をするために学校に行くというほど、学校がどんどん好きになっていきました。そんな先生が、転勤することになり離任式がありました。私の子どもは先生がいなくなっちゃうなんて嫌だなあ、きっと泣いちゃうと言いながら、その日に学校に向かいました。親としては、大丈夫かなと不安は大きかったですね。しかし、そんなことをしっかりいえるほど分析できるようになったのも、また先生のおかげだなあと私も感謝していたところでした。離任式での様子は、他のお母さんから聞きました。なんでもうちの子は泣かずに頑張ってきたとのこと。私は子どもが帰ってきてから聞きたかったのですが、いうと泣いちゃうということで、聞くことが出来なかったんです。でも、他のお母さんから聞いて安心しました。だって、泣かずに頑張っていたと聞いたから。これも先生のおかげでしょう。小学校の中には、まだまだすぐに泣いてしまうような子がたくさんいます。つられて泣いちゃうような子も多いでしょう。しかし、本当にここまで強くしてくれた先生には、感謝しかありません。
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保育園の先生の記憶力には脱帽です。
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子供の幼稚園・保育園の先生は大きなお母さんでした
子供が去年まで通っていた園での話です。年少組の頃から3年間持ち上がりで同じ先生が担任する園でした。入園するときに先生との相性が悪かったら嫌だなと思ったのですが、結果、とても素晴らしい3年間を過ごすことができました。子供は引っ込み思案で口数も少なく、友達もなかなか出来なくて、楽しく園で過ごせているか心配になるような性格でした。担任の先生にも何度も相談して、どうやって子供と接したらいいのか、どう声かけをしたらいいのか、たくさん相談に乗ってもらいました。その先生はとても大らかな性格で、でも子供の長所と短所はとても適格にとらえていて、物事をとてもよく見ているベテランの先生でした。先生の年齢は同じくらいでしたが、そういった先生の良い対応のおかげで信頼して園に子供を預けることができました。時は過ぎて年長クラスになったころ、子供も園に慣れて、口も達者になって生意気なことも言うようになり、でものびのびと過ごしていました。引っ込み思案だった子供が、積極的に先生やお友達のお手伝いなどをする場面も見られ、大きくなったなと本当に思いました。最後の先生との面談の日、先生と先述のような子供の成長をお話しました。その時、「卒園しても、いつでも園に遊びに来て下さい。お母さんだけでも、話たいときにいらしてください。待っています。」と、先生から言葉を頂きました。本当にうれしくて、卒園してからも安心して話ができる大きなお母さんのような先生に出会えたことは、親子共々、とても喜ばしいことです。実際、まだ下の子が園に通っているので、時々、上の子も顔を出しに行って、その時その時の相談に乗ってもらったりしています。