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医療保育士に求められる高度な専門性と実践スキル
医療保育士の仕事は、単に「子どもと遊ぶこと」ではありません。その背後には、医学的な知識と保育に関する深い洞察に裏打ちされた、極めて高度な専門性が存在します。まず、土台となるのが保育士資格ですが、それに加えて、子どもの病気や障がい、治療法、使用される薬剤に関する正確な医学的知識が不可欠です。担当する子どもの病態を理解していなければ、安全に配慮した遊びを提供することはできません。例えば、呼吸器系の疾患を持つ子どもには、息が上がらないような静的な遊びを、骨折している子どもには、患部に負担がかからないような遊びを計画するといった配慮が求められます。このため、医療保育士は常に新しい医療情報を学び続ける向上心と探求心が不可欠です。次に、遊びを治療的な介入として意図的に用いる実践スキルが求められます。これは「ホスピタル・プレイ」とも呼ばれ、医療保育士の専門性の中核をなします。遊びには、子どもの不安を軽減する「治療的遊び(セラピューティック・プレイ)」や、医療処置への準備を目的とした「準備のための遊び(プリパレーション)」など、様々な種類があります。医療保育士は、子どもの年齢、発達段階、性格、病状、そしてその時の心理状態を瞬時にアセスメントし、数ある遊びの選択肢の中から最も効果的なものを処方する能力が求められます。それは、まるで医師が患者に薬を処方するのにも似た、専門的な判断です。さらに、極めて高いコミュニケーション能力も必須のスキルと言えるでしょう。子どもとの信頼関係を築くことはもちろん、子どもの代弁者として医療スタッフに物怖じせずに意見を伝え、対等なパートナーとして連携する力が求められます。また、精神的に追い詰められた保護者と向き合う際には、傾聴の姿勢を基本としながらも、時には専門家として的確な情報提供や助言を行うカウンセリングマインドも必要です。そして、何よりも大切なのが、死といった重いテーマにも向き合わなければならない現場で、自分自身の精神的な健康を保つためのセルフケア能力です。子どもの死に直面した際の悲嘆(グリーフ)を乗り越え、次の子どもに寄り添うためには、強靭な精神力と、同僚やスーパーバイザーに相談できるオープンな姿勢が不可欠となります。全ての子どもたちが、病気の時でも安心して子どもらしく過ごせる社会を実現するために、医療保育のさらなる発展と普及が不可欠です。これら多様で高度なスキルを統合し、初めて医療保育士としての専門的な実践が可能になるのです。
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二つの資格の物語、保育士と保育教諭を分ける歴史的背景と制度
日本の保育の現場には、「保育士」と「保育教諭」という、似ているようでいて、その成り立ちや法的な位置づけが大きく異なる二つの専門職が存在する。この違いを理解することは、現代日本の抱える子育て支援の課題と、その未来の姿を読み解く上で不可欠な視点となる。両者の違いを解き明かすには、まずそれぞれの専門職が拠って立つ法律と管轄省庁の歴史を紐解く必要がある。まず、「保育士」は、厚生労働省が管轄する児童福祉法を根拠とする国家資格である。その主たる職場は「保育所(保育園)」であり、その設置目的は、保護者の就労などにより家庭での「保育に欠ける」乳幼児の健全な育成を保障することにある。保育士の専門性は、生命を守り、情緒の安定を図る「養護」と、心身の発達を促す「教育」が一体となった「保育」を実践することにあり、特に対象年齢が〇歳からと低いことから、生活習慣の自立や愛着形成といった、福祉的な側面が色濃いのが特徴だ。一方、保育士と対比される存在として、かつては「幼稚園教諭」がいた。こちらは文部科学省が管轄する学校教育法に基づき、小学校以降の教育課程への接続を念頭に置いた「学校」として位置づけられる「幼稚園」で働くための教員免許状である。その専門性は、明確に「教育」に置かれ、三歳以上の幼児を対象に、定められた教育要領に沿った指導を行うことが主たる役割となる。このように、日本の幼児教育・保育は、福祉を担う厚生労働省の「保育所」と、教育を担う文部科学省の「幼稚園」という、二つの異なる制度の下で発展してきた。この「二元化」の状態は、保護者の働き方の多様化や、子育て支援へのニーズの高まりの中で、様々な課題を生み出すことになる。そこで、この縦割りの制度を乗り越え、保護者のニーズに応じて柔軟なサービスを提供するために創設されたのが、「認定こども園」である。認定こども園は、保育所が持つ福祉的な機能と、幼稚園が持つ教育的な機能の両方を併せ持つ施設として、地域の子育て支援の拠点となることが期待されている。そして、この新しい施設で、保育と教育を一体的に提供するために生まれた、全く新しい専門職が「保育教諭」なのである。したがって、保育士と保育教諭の最も本質的な違いは、保育教諭が「保育士資格」と「幼稚園教諭免許状」の双方を保有していることにある。それは単に二つの資格を持っているということではない。福祉と教育という、これまで別々の道を歩んできた二つの専門性を一身に体現し、子どもの発達を連続的に捉え、質の高い保育と教育を統合して提供する、新しい時代の保育の担い手としての役割が与えられているのだ。保育教諭の存在は、日本の幼児教育・保育が、制度の壁を越えて新たなステージへ向かおうとしていることの象徴と言えるだろう。
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新しい働き方のカタチ、フリーランス保育士という選択肢とその魅力
保育士という専門職のキャリアは、かつては一つの保育園に正職員として所属し、定年まで勤め上げるという道筋が一般的であった。しかし、働き方の価値観が多様化する現代において、その常識は大きく変わりつつある。組織の枠に縛られず、自らの専門性を武器に、自由な裁量で働く「フリーランス保育士」という選択が、今、大きな注目を集めている。それは、保育士が自身のライフステージや価値観に合わせて、より自分らしく輝くための、新しい働き方のカタチである。フリーランス保育士とは、特定の園に雇用されるのではなく、「個人事業主」として独立し、自らのスキルと時間を商品として、様々なクライアントと直接契約を結ぶ保育のプロフェッショナルを指す。その働き方は、実に多様だ。最も代表的なのが、個人家庭と契約を結び、子どもの自宅で保育を行う「ベビーシッター」や「訪問型保育」である。保護者のニーズに合わせて、数時間の一時預かりから、月極での継続的な関わりまで、柔軟なサービスを提供する。また、保育園やこども園が、職員の急な欠勤や行事などで人手が足りない際に、一日単位でヘルプに入る「スポット保育」も、フリーランス保育士の重要な仕事の一つだ。近年では、こうした単発の仕事を仲介する専門のマッチングプラットフォームも充実しており、働き手と施設を繋ぐインフラが整いつつある。さらに、コンサート会場や企業のセミナーなどで、臨時に開設される託児スペースで保育を行う「イベント保育」や、自身の得意分野を活かして、リトミックや英語、絵画などの専門的なプログラムを、様々な園や親子サークルに出向いて提供する「専門講師」としての働き方もある。なぜ今、フリーランスという働き方が、多くの保育士にとって魅力的に映るのだろうか。その最大の理由は、「時間と場所の自由」にある。正職員として働く場合、勤務時間や休日は組織の規定に縛られるが、フリーランスであれば、「今月はしっかり働く」「来月は子どもの行事があるのでセーブする」といったように、仕事の量を自身の裁量でコントロールできる。この柔軟性は、育児や介護といった家庭の事情と、専門職としてのキャリアを両立させたいと願う人々にとって、何物にも代えがたい価値を持つ。また、一つの組織に縛られないことで、人間関係のストレスから解放されるという側面もある。様々な現場を経験することで、多様な保育観に触れ、自身のスキルを客観的に見つめ直す機会にもなるだろう。フリーランス保育士は、組織の歯車ではなく、自らが事業の主体となる。それは、大きな責任を伴う一方で、自らの手でキャリアを創造していくという、大きなやりがいと喜びに満ちた、新しい時代の働き方なのである。