保育園で出会った不思議な子の話

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  • 保育園の先生の情熱がすごい!

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    子供が保育園の年長さんになったときの先生でした。コロナが落ち着いてきて、運動会の出し物の練習をしていると子供から聞きました。ダンスの曲目を聞くと、WHITEBERRY(私の世代はジッタリンジン)の夏祭りということで、曲に合わせて太鼓を叩くということでした。私は若い頃にバンドや弾き語りを少々かじっていましたので、子供に「ちょっと弾いてみるから太鼓叩いて見せてよ」と言って、一緒にセッションすることに。早速コードを探して練習し、実際に一緒に合わせた時は子供が感動して、折角だから動画撮るか!となって、簡単なYouTube動画を作りました。お迎えの時に先生に夏祭りの練習をしていて動画も撮ったことを話すと、実は私と同世代で夏祭りは親世代が知っているはずだから親子で楽しめるというコンセプトの選曲だったそうです。因みに先生もジッタリンジン世代で、若かりし頃の音楽の話しに花が咲きました。子供と一緒に撮ったYouTube動画も実際に先生方で観てくれて、みんな感動して泣いた先生もいたそうです。そして、卒園前の文化祭では、「お題目を何にしようか考えています」という話になり、劇団系にしたいとのことでしたので、劇団四季のライオンキングとかどうですかねー?と話していたら、本当にライオンキングに決まったみたいで。それからの練習内容はわかりませんが、本番を観させてもらって6歳の子供たちとは思えないほどの完成度でした。もちろん、それぞれの子供の特徴やポテンシャルは勿論ですが、個性を知り尽くした配役と、セリフへの感情の乗せ方や抑揚、最後のカーテンコールからの退場の仕草まで、見事なまでの出来栄えでした。言わずもがな、先生がどれほど考えて工夫して、子供たちとの信頼関係が強いか、うまくできない事の数々を子供を乗せながら乗り切ってきたかが透けて見えるほどでした。私も他の親御さんたちもみんな終始泣きっぱなしで、後日お迎えの時に先生にそのことを話すと、「燃え尽きました~」と言いながら、涙を流して裏話を話してくれました。子供にとって、こんなアツくて素敵な先生に出会えたことに、とても感謝しています。小学校の入学式が終わって、制服とランドセルを背負い、新しいスタートを切って成長していく姿を、その先生に見てもらうために小学校へ。他の親御さんも同じ気持ちだったみたいで、ほとんどの子がそれぞれの制服を着てその先生に会いに来ていました。その先生の周りに集まって話をしている子供たちを見て、改めて凄い先生だなぁと思いました。

  • 自転車拒否の子どもに困り果てた親を救った保育園の先生の機転を利かせた行動

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    子どもがまだ2歳の頃、イヤイヤ期真っ只中で毎日イヤイヤスイッチがいつ入るか冷や冷やしながら生活していました。保育園ではそんなイヤイヤな素振りを見せず、とてもいい子に過ごしているようで、その分家では大爆発している様子でした。特に苦労したのが自転車での送迎でした。朝送る時はわりとすんなり自転車に乗り、ヘルメットを被るのですが、帰りは全てを拒否。ヘルメットももちろん拒否で、抱き上げて乗せようとするも足を全力でバタバタさせて暴れまわりました。そんな日々が毎日続いたので、お菓子を使って気を引く作戦でなんとか日々を過ごせていました。ところが、お菓子で気を引いても全く効果がない日もあり、途方に暮れていたところ、交通整備をしていた保育園の先生方が通りがかりました。その中に子どもの担任がおり、「あれ?〇〇ちゃんどうしたの?」と声をかけてくださいました。我が子のイヤイヤする姿に先生もびっくりしながらも、「お母さん、大丈夫?私にできることある?」と優しく聞いてくれ、「私が抱っこすれば乗ってくれるかな?」と子どもを抱きかかえて乗せてくれました。子どもも先生の言うことはすんなりと聞いてくれるので私も心底ほっとしました。先生は「かっこいい自転車だねー!いいねー!また明日ねー!」とにこにこ笑顔で見送ってくれました。イヤイヤ期の子をもつ親は毎日イヤイヤと向き合い、ただでさえ疲弊していますが、外でイヤイヤされると余計に困ってしまいます。心が折れそうになっていたところをあの先生に救ってもらい、心が軽くなり先生という頼れる人がいるという安心感が生まれたのを覚えています。

  • 皆の前で名指しで褒めてくれた園長先生

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    何かとできない事が多くて幼稚園で目立っていた息子は、学年が違っても全ての先生に覚えられており、恥ずかしさから嫌だなぁと思っておりました。ある日「園長先生に僕だけ褒められた」と喜んで帰宅した息子。驚きと同時に、何かしら勘違いだろうと思いました。真っ先に「どうして褒められたの?」と質問すると、「七夕祭りの練習で僕だけ大きな声が出ていたから」との事です。それなら納得しました。予想通り大々的に褒められるほどの事ではありませんが、幼稚園入園以来、初めてみんなの前で自分だけ褒められたという経験は、親子どちらにとっても他に代えがたい喜びです。そんな日が来るとは思っていませんでした。園長先生が子供の良いところをしっかり見ていただいているおかげです。この経験は子供の自己肯定感につながったようで、それまで小さな声でしか発表できなかったのに大きな声で発表できるようになりました。その結果、担任の先生にも褒められ、好循環が続いています。お友達とも大きな声でハキハキ話せるようになったので交友関係も広がりました。園長先生の一言でこんなに子供が変わり、感謝でいっぱいです。まだまだ人生は長いですが、内気で自信のない息子の人生を変えていただいたと言っても過言でありません。

  • チックの息子を救ってくれた幼稚園の先生

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    息子が年長さんだった頃の話です。息子は年長になるタイミングで他県から引っ越しをしました。それまで仲の良かった友達や大好きだった幼稚園、先生方との別れはまだ幼い息子にとって非常に辛いものでした。新しい幼稚園に通い始めた息子はやがて毎朝腹痛を訴えるようになったのです。トイレへ行っても治らずしばらく休憩して毎日遅刻して通園する日々。病院で精密検査をしましたが異常は見つかりませんでした。悩んだ私は園長先生に相談。すると町のスクールカウンセラーさんを園に呼んでくれることになったのです。相談の席には園長先生と担任の先生も同席してくれました。そこで息子の様子を伝えると、スクールカウンセラーさんからチックの疑いを指摘されたのです。過度のストレスによるチック性の腹痛ではないかということでした。そして今後は腹痛が起こっても必要以上に心配な素振りをせず息子に不安やストレスを感じさせない環境つくりが求められました。私は園長先生と担任の先生と相談し、腹痛が起きてもできるだけお休みせずに通わせることを約束しました。先生方からは、息子の良い部分に注目して好きなことを伸ばしたり、自分に自信が持てるきっかけ作りをするつもりだと言われました。その日以降、私はどれだけ遅刻しても毎日息子を幼稚園に連れて行きました。そして園長先生は息子が絵が好きなことに注目して、毎日園ですれ違うと息子の絵を褒めてくれるようになりました。担任の先生は、息子が絵を書くとクラスのみんなに見せてくれました。こうして少しずつ絵を書くことに自信を持った息子は、幼稚園へ行くことが楽しみになりました。「今日も先生に僕の絵を見せたい」と言って家で書いた絵を何枚も先生にプレゼントしました。そんなある日、全国こども絵画コンクールに応募した息子の絵が何と入選したのです。息子はとても喜んで、大得意な顔で症状を園長先生と担任の先生に見せました。2人共とても喜んでくれて、「これでもう大丈夫ね。」と私にコソッと言ってくれました。絵に自信を持った息子は小学生になってから絵画教室へ通うようになりました。将来の夢は画家です。息子の良さを引き出してくれ、自信を持つきっかけを与えてくれた2人の先生には本当に感謝しています。

  • 私の「今」は幼稚園のころの先生の教えのおかげです

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    私が幼稚園に通っていた時、素晴らしい先生がいました。彼女の名前はT先生で、私たちのクラスをとても楽しく、また課題を与えてくれるように教えてくれました。

    私が一番楽しかった思い出は、先生と一緒に行ったキャンプでした。私たちはバスで山の中へと向かい、自然の中でたくさんのアクティビティを楽しむことができました。私はキャンプファイヤーでマシュマロを焼くのが好きでしたが、T先生が私たちにゲームを提案してくれたときは、とてもワクワクしました。私たちは夜中にキャンプサイトの周りを走り、隠れんぼをして楽しんだのです。その後、先生は私たちにおやつとして美味しいスナックを振舞ってくれました。それはとても楽しい思い出です。

    また、先生は私たちに日本の文化についても教えてくれました。お正月には、先生が和服を着て、私たちにお雑煮を振舞ってくれました。私たちは、初めてのお雑煮に大興奮でした。先生は、日本の伝統文化を通じて、私たちに日本の素晴らしさを教えてくれたのです。

    T先生は私にたくさんのことを教えてくれました。彼女のおかげで、私は自分自身に自信を持つことができました。私たちは、とても楽しい時間を過ごし、私たちが成長する上で必要なスキルを身につけることができました。私はT先生にとても感謝しています。

  • 幼稚園のピアノの先生によるホームコンサート

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    当時子供が通っていた幼稚園には選択制で、英語教室や体操教室、ピアノ教室と言った別メニューがオプションで選べるように工夫されていました。さあ大和高田で保育士を採用するとこんなにして子供はピアノを習いたがっていたのでピアノ教室に通わせていました。担当のピアノの先生は、その幼稚園に所属はしていましたが、本業がピアノ専門に音大受験までも指導できる実力のある先生でした。とても熱心に丁寧な教え方をして下さる保護者からは評判の良い先生でした。ピアノ教室のお決まりである発表会も定期的にあって、それを励みに普段のレッスンの成果を大勢の人の前で披露するという、それなりに着飾って、バシャバシャと保護者のカメラが忙しく撮影する景色もお決まりのようで、子供たちもその親も緊張しながらも良い経験をさせてあげているという親バカ気分も味わえるものでした。ある時の発表会で子供が風邪を引いてしまい出席できないことがあり、当の本人はがっかりしていました。しかし、後日そのピアノの先生の提案で、自宅での発表会を催すことになりました。先生が自宅に来て下さり、当日着る筈だった衣装をまとい、ジジババたちも参加して、先生との連弾など、本当に規模は小さいものでしたが、ホームコンサートという栞まで作って持って来て下さいました。どうも早く奈良で評判の保育園を探せばもちろん子供は大喜びでしたが、そこまで考えて下さる先生のご厚意には頭が下がりました。本当に楽しく嬉しい思い出です。

  • 幼稚園の副園長先生の一言で親も子も成長させていただいた出来事

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    うちの子が通っていた幼稚園の副園長先生がとても素晴らしい先生で、どう口コミで大和高田で保育士を採用するといってもほんとうに子供たち一人一人をよく見て知っていらっしゃり、上の子のときも下の子のときも子育ての相談や保護者間の関係の作り方などいろいろな相談にのってくださいました。降園後、園庭で子供たちを遊ばせているときに子供たちを見ながらいろいろな話をしたことが思い出されます。
    上の子が年長さんのときの出来事です。私が手作りしたパッチン止めをつけて登園していたのですが、それをいつも同じお友達にとられてしまうということがありました。気が弱かった上の子は強く(きつく?)『ちょうだい!ちょうだい!』と言われてしまうと断ることが出来ず、しぶしぶあげてしまうといった状況だったようです。
    その評判の保育園を奈良の口コミで書き込むとここはうちの子もほんとうは困っていたようで、自宅で涙をこぼしながら教えてくれました。担任の先生にご相談したのですがあまり対応が適切でなかったのかなかなか止まず、困り果てて副園長先生にご相談してみました。
    そのときの回答が『その子のお母さんと直接お話してみては?』だったのでとても驚きました。それでも子供のことを思うとそのままにはしておけないので、ある日のお迎えのときその子のお母さんに思い切って声をかけてみました。
    普段あまりご一緒することのない方なのでとても緊張したのですが、慎重に言葉を選びながらパッチン止めの件をお話してみたところ、そのお母さんもとても驚きそれでもハッと何かに気づかれて、『ああ~そういうことか!わかった!ごめんなさい~!』と突然平謝りされました。
    私もその様子に驚いてあわててしまいました。そのお母さんが涙ながらにお話しくださったことは、見覚えのないパッチン止めをもっていたのでどうしたのか聞いてみても『おばあちゃんに買ってもらった』と答えるけれど、決して新品ではないし、お店で売っているようには見えない(不器用な私が作ったものなので、決してきれいではない)からおかしいと思っていたと。問い詰めても怒って口をきかなくなってしまい、気になっていたけれどどうしようもなかったということでした。『ほんとうにごめんね。』と何度も涙ながらに謝るお母さんの姿にままならない子育ての難しさはわかるので思わずもらい泣きしながら、今後どうするかを話し合ってその場を後にしました。
    後日、副園長先生にそのことをご報告したところ、(これはほんとうにごめんなさいね。と前置きしながら)担任の先生は残念ながら1人1人の細かいところまでしっかり見られる能力が足りていないこと、また取った子のお母さんは最近仕事を始めたらしいのですが、そのあたりからそのお子さんの行動がちょっと乱暴になったりわがままになっていたこと、あちらのお母さんの性格と私の性格を考えたとき園で仲介して保護者と子供を呼んで…といった大げさなことにしてしまうのではなく、お母さん同士で話し合って親子でこのことを考えていくようにした方がのちのちのことを考えても良いのではと思われていたそうです。
    私はうちの子に嫌なことは嫌、ダメなものはダメときちんと伝えないとお友達には伝わらないよと話し、少しずつそれが出来るようになっていきました。
    その後そのお母さんと私も挨拶をしたり立ち話をしたりする距離感になりました。子供たち同士は一緒に遊ぶこともあったようですが、やはりあまり主張の強い子と仲良くするのは難しいと思ったのか別のお友達を見つけて一緒に遊ぶようになったので、子供なりにこの経験を通じて成長出来たのだなぁと感じました。

  • 人見知りだった私に寄り添ってくれた幼稚園の先生

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    私は幼稚園から小学生までは極度の人見知りで、特に幼稚園時代は言葉を発した記憶があまりないほどに無言で過ごしていました。そこの奈良で大和高田の保育士を求人で探しても幼稚園ではそのように過ごしていましたが、自宅ではとにかくおしゃべりな子どもでした。そんな本当の自分を出せずに、友達もいなくて常に教室の端っこにいた私を見捨てずにずっと寄り添ってくれた先生がいました。「あっちでお友達と一緒に遊ぼう?」と声をかけてくれた先生に対して、ありがたいなと思うと同時に緊張してしまい、首を横に振る毎日でした。実は先生は私が本当は物凄くおしゃべりな子どもだと知っていたようで、まずは先生との距離を縮めてくださいました。さあ話題では奈良が保育園のことを考えるとどうしてか教室の隅で先生と2人で過ごす日々がしばらく続き、徐々に心を開けるようになった私は少しずつですが友達とも遊べるようになりました。そんな私を受け入れてくれた友達は今でも仲が良く、よく遊びます。当時の私はこんなに仲良くなれる友達ができるとは思っていなかったので、とても嬉しかったのを覚えています。それも全て先生が段階を踏んで、場に馴染めるようにお手伝いをしてくれたおかげだと思っています。その後、保育士を目指した私は話を聞かせていただくためにその先生を尋ねました。社交的になった私を見て、泣いて喜んでくださり本当に嬉しかったです。

  • 今でも尊敬するベテラン先生

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    もう40年以上前の話になりますが、幼稚園入園当時、私はいわゆる「登園拒否児」でした。ここで奈良なら大和高田の保育園の中でもきっとは2歳半から英会話スクールに通っていたのですが、そこでいじめてくる1歳年上の男の子と同じ幼稚園で英会話スクールだけでなく、幼稚園でもいじめられるようになったり、喘息もちで、幼稚園を休むことが多くお友達ができなかったこと、母親同士のつながりでできた友達にまで意地悪をされたこと、そのことを担任先生に訴えても、話も聞いてもらえないどころか「嘘つき」扱いされて、父や母から「嘘はダメ」と、ひどく叱られたこと等々、今思い返すと原因は色々あったんだとわかりますが3歳当時の私には「幼稚園は嫌なところ」という認識しかなく、朝のお迎えのバスに乗るのが嫌で逃げまわったり隠れたり、家でも気持ち悪いと言ってトイレで吐いたりして、どうにか幼稚園に行かないようにしていました。そこの奈良では保育園の評判が良いのではといってもそんなある日、自分のクラスに「ベテラン先生」がやってきました。お名前は今でも忘れていませんが、ここでは「ベテラン先生」とさせていただきます。ベテラン先生は、どんな小さなことでもきちん話を聞いて受け答えをしてくれて、いい時にはたくさんほめてくれて、悪い時にはわかりやすいように理由もきちんとつけて叱ってくれる先生でした。ある日、粘土制作の時間で作った作品をとてもほめてもらえたことがあり、以降、それしか作らなくなってしまって、とても困らせてしまったこともありましたが、ベテラン先生と話をすること、ベテラン先生に褒めてもらうことが楽しみで、以降、幼稚園にもちゃんと行けるようになり、無事に卒園できました。その後、中学生になったある日、帰り道のとあるバス停でベテラン先生とバッタリお会いすることがあり、その時でも10年以上経っていたのに「○○先生!」とお声がけさせていただいたあと「あら、〇ちゃんじゃない!元気だった?!」と間髪入れずに私を当時のあだ名で呼んでいただいたことは、今でもとても印象に残っています。また、その時に話してくださった当時の裏話で、私が幼稚園の先生方の間でとんでもなく有名になっていたことを聞いて、どうりで、幼稚園に遊びに行くと習ったこともない先生が「あぁ、あの時の〇ちゃん!」と私を呼ぶはずだと納得したこともありました。ベテラン先生のどんな人に対しても先入観を持たず、まずは話をきちんと聞く姿勢は、今でも私の行動の指針の一つです。

  • 卒園式の後に先生方の協力で第二の卒園式

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    娘は私立幼稚園へ通っていました。卒園式当日の朝、まあトイレつまりがこんな京都のどこになって一番の仲良しのお友達が胃腸炎になってしまい、何とか登園する事は出来たものの、体調の限界がきて卒園式本番、途中退席することになってしまいました。みんなで一緒にたくさん練習して頑張っていた姿を見ていただけに、本当に可哀想で残念でした。本人と親御さんもさぞ心残りだったと思います。そこで後日、卒園時のクラスのお友達を募って、お別れ会という名で、そのお友達のためのサプライズ卒園式を自主開催する事にしました。そこで、ここ大阪のレストランウェディングにしてからはもうお友達への卒園メッセージを先生方に贈っていただきたく、ダメ元で幼稚園にお願いに行きました。すると、個人的な特別扱いになってしまうので、本当は受けられない決まりなのだそうですが、園長先生は「ちょうど席を外してるので、何も聞こえてないです。」とおっしゃり、他の先生方は「ちょうど休憩だから散歩に出るところでした!」とゾロゾロと園庭に出てきて下さり、結果、どうも口コミで奈良の保育園を抑えるからはきっとも年少から年長まで関わられた全員の先生方から、卒園おめでとうのメッセージを撮影させていただけました。そして、小学校入学前の春休み中に開催したサプライズ卒園式では、もちろんお友達、ママ達全員感動の大号泣。もちろんその様子も撮影して先生方へプレゼントさせていただきました。さても大阪からレストランウェディングでなってには温かい幼稚園だったな、と今もほっこり思い出します。