近年、子どもたちの体力・運動能力の低下が深刻な社会問題として指摘されています。外で思い切り遊ぶ機会の減少、スマートフォンやゲームといった室内遊びの増加など、その原因は様々です。こうした状況の中、単に子どもを預かるだけでなく、専門的なアプローチで子どもの運動能力を育み、心と体の健全な発達を促す専門職として、今、大きな注目を集めているのが「運動保育士」です。 運動保育士とは、その名の通り、「運動」に関する専門的な知識と指導技術を持った保育士のことを指します。多くの場合、保育士資格を土台として、さらに幼児体育や発育発達に関する民間資格を取得した人々が、その専門性を活かして活躍しています。彼らの役割は、単に子どもたちに体操やかけっこを教える「体育の先生」ではありません。脳科学や発育発達学に基づいた運動プログラムを通して、子どもたちの運動能力はもちろんのこと、集中力、思考力、コミュニケーション能力といった「非認知能力」をも育むことを目的としています。 運動保育士が実践するプログラムの根幹にあるのは、「遊び」の要素です。子どもたちは、強制されたトレーニングでは、本当の意味での能力を伸ばすことはできません。楽しいと感じる「遊び」の中で、夢中になって体を動かす経験こそが、子どもの心と脳を活性化させ、潜在能力を引き出す鍵となります。例えば、マットや跳び箱、鉄棒といった器具を使ったサーキット遊び。子どもたちは、様々な動きを連続して行う中で、自然と体の使い方を学び、バランス感覚や筋力を養っていきます。ボールを使った遊びでは、ボールを追いかける、投げる、捕るといった動作を通して、空間認識能力や協応性(目と手など、体の別々の部分を同時に動かす能力)が育まれます。 特に、運動保育の分野で重視されているのが「コーディネーショントレーニング」という考え方です。これは、自分の体を思い通りに、そして巧みに動かすための神経系の能力を高めるトレーニングです。例えば、「右手でボールを上に投げながら、左足でケンケンをする」といった、少し複雑な動きを取り入れることで、脳は様々な情報を同時に処理することを学び、神経回路が強化されていきます。こうした経験は、特定のスポーツが上手くなるだけでなく、転んだ時にとっさに手をつく、人や物にぶつからないように身をかわすといった、日常生活における危険回避能力にも直結します。 運動保育士の仕事は、子どもたちを直接指導するだけではありません。園全体の保育の質を高めるための、重要な役割も担っています。日々の保育の中に、どのような運動遊びを取り入れれば、子どもたちの発達を効果的に促せるか。そのための年間計画や指導案を作成し、他の保育士に助言や指導を行います。また、保護者に対して、家庭でできる簡単な運動遊びを紹介したり、子どもの運動発達に関する相談に乗ったりすることも、大切な仕事の一つです。運動保育士は、園における「身体活動のスペシャリスト」として、子ども、保育士、保護者という三つの輪を繋ぎ、園全体の健康的な環境づくりに貢献する、かけがえのない存在なのです。