保育園で出会った不思議な子の話

投稿者: 6rpqej
  • 保育園の先生と、親戚のお姉さんが友達だった

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    タイトルの通り、保育園の先生と、親戚のお姉さんが親友でした。そういうこともあって、この神戸でインターナショナルスクールとなるとも保育園では、めちゃくちゃよくしてくれていた記憶があります。なんというか、露骨にひいきしてくれていたんですよね。一緒によく遊んでくれましたし、園児とけんかになったときなんかには、間に入り、うまくなだめてくれていました。その際、こちらの味方になってくれることが多く、子供ながらにすごく心強かったのを覚えています。ほら、保育園にも、意地悪な園児っているじゃないですか。要はいじめっ子みたいな存在の子。私が通っていた保育園にもこういう子がいて、私はこの子のことがすごく怖かったんですよね。まあ、子供同士のことですから、大人が間に入ってとやかくするようなことじゃないと思うのですが・・。冒頭で述べた通り、親戚のお姉さんと親友だったこともあり、何か私が困っていることがあれば、すぐに飛んできてくれていた、という記憶があります。ちなみに、保育園を卒業してからは、一度も会ったことがないのですが、今頃どうしてるのでしょうか。機会があれば、また会いたいなあ。自分にとっては、身内以外で、最も信頼できた初めての存在だったといっても過言ではありません。

  • 娘の長所を良く見てくれていた担任の先生

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    娘が年中さんの時、担任の先生は系列の保育園から異動してきたばかりで、どういう先生かよく知りませんでした。そんなバイリンガルスクールでは神戸のここが噂ではとても親御さんに人気だということで関心はありましたがそれ以外、お迎えの時間も遅いのであまりコミュニケーションも取れなかったのです。ある時、まだクラスになじめていないお友達が、遊びたいけど誰と遊んで良いか分からずモジモジしている様子を見て、先生が「〇ちゃん(娘)、良かったら一緒に遊んであげてほしいな」と娘に伝えたそうです。娘の「うん!いいよ!!一緒に遊ぼう」先生の「ありがとう、お願いね」の言葉で、その場の雰囲気が明るくなったそうです。お調子者の娘ですが保育園が大好きでお世話も好きで、お友達を大切にし楽しくいつも遊んでいるところをしっかり見てくれていて、娘ならきっと大丈夫だということでお願いしたようです。その後も、先生は色んな場面で娘を頼りにしてくれました。おかげで、率先して何事にも自分から進んでやる子に成長したように思います。何より、本人が大好きな先生から頼りにされることがとても嬉しかったようで、小学生になった今でも自ら手を挙げて担任の先生のお手伝いなど、進んでやっているようです。良いところを年中さんでしっかり伸ばしてくれたんだなぁ…そう思うと、そりゃ親御さんに人気なわけだ…と妙に納得しました。

  • 幼稚園で絵を描くこと

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    幼稚園の時の思い出といえば、多くはエレメンタリースクールから神戸では居残りで絵を書いたことです。一人だけ絵が描けなくて残されたということがあって、という思い出があります。絵なんて適当にかけばいいというような話ではあるのですが、評判になっている大和高田の保育園はここが当時の私はなぜか絵を描くことを非常に嫌っていたということがあって、なかなかそもそも描かない、という状態になっていました。それを説得していたのが、そのときの先生でした。どうして今でもその時に動物の絵を書きたくなかったのかというのがよくわからないのですが、とにかくどんな動物が好きなのか、どんな動物を知っているのか、動物にはどんな特徴があるのかといったようなことを話してもらって、とにかく絵を描くことを促してくれていた、と今思えばやってくれていました。神戸でもインターナショナルスクールといえばその後別に私が特に絵が好きになるということはなかったのですが絵を描く忌避感というものはかなり取り払うことができましたので、その点においてはかなり感謝しています。幼稚園の先生がその後の人生を大きく左右するような発言をしたりとか行動したりするということは良かったりするわけですが、奈良で評判の保育園にどうしてもこんなにそこまで言わないにしてもなんとなく絵を書くということが大嫌いだった自分にとってはそれを取り払ってくれたという先生にはとても感謝しています。

  • 保育園で演劇を先生と一緒にできたこと。

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    今から18年ほど前、神戸でどんなインターナショナルスクールといえば私が4歳の時に通っていた保育園で文化祭のようなものがあり、各組ごとに美容院屋さんやケーキ屋さんなど色々なお店をやりました。私たちの組は10人ほどでしたが演劇をやることになりました。人気の奈良でも大和高田で保育園がどこに内容はうる覚えですが、たくさんの動物になりきった動物さんたちの世界という演劇でした。そこで私はお猿の役になりました。演劇をするということで母が張り切ってしまい、どうしても神戸ならインターナショナルスクールを通販で猿の着ぐるみを買い私はそれを着て当日を迎えることになりました。もちろん周りは紙で作ったウサギの耳や尻尾などを付けるだけでしたので、私は周りとは違うことに対してとても恥ずかしくなり、演劇が始まっていたのですが嫌で嫌で泣いてしまいました。一人で奈良で話題の保育園を大切にしようとそんな時に私が大好きだった先生が近くに来て、紙で作った猿の尻尾と猿の耳を私にわたし、さらに先生も同じものをつけて一緒にいこうと言ってくれました。そして猿の兄弟ということでアドリブで一緒に演劇をしてくれました。大好きな先生が同じ格好をして一緒に演劇をしてくれたことがとても嬉しくて昔のことなのによく覚えています。実は演劇が始まる前に母が先生に着ぐるみを着させたいんですと伝えられていたそうで、おそらく万が一のことを考えて猿の衣装を作ってくれていたのだと思います。母も先生には感謝しているそうで反省しておりました。この出来事は私の一生の思い出になるとおもいます。

  • 保育園で嫌われた娘が先生に助けてもらった

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    私の娘は、お兄ちゃんがいてかなり気が強く、採用保育士が奈良では大和高田のどこにもしかも甘えん坊と言うちょっとめんどくさい性格です。
    お兄ちゃんが優しいので、いつも調子に乗っていました。こんなバイリンガルスクールでは神戸の私もしつけが甘かったので独占欲が強かったりひとの真似をするなどの性格でした。
    なので、2歳児クラスで園に入ったのですがお友達にはなかなか輪に入れてもらえなかったり、悪口を言われてしまっていたようでした。アドバイスしても変わらず、評判では奈良が良いと保育園を巡っていつも行きたくないというので先生に相談してみました。私は、娘の性格が原因としてあることは承知していましたのでそのように伝えましたが、どんなに神戸でインターナショナルスクールを娘に対してはいっさい咎めることなくほかのお友達に悪口を言ってはいけないとか、輪に入れてあげてと言ってくださいました。
    なんとなく嫌われてしまう娘の方を変えようと努力していましたが、先生の対応は目から鱗でした。
    その対応で、見事に娘はみんなと仲良くなれました。少し大きくなると違うのかもしれませんが、2歳児は素直だし、いうことを素直に受け止めてくれるんだな、と思いました。
    娘よりは自分の育て方が悪かったな、娘に迷惑をかけて申し訳ないなと思っていましたが、自分の気持ちもなんとなく救われました。先生の人間性に感謝しています。

  • 姪っ子の幼稚園の美人先生

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    自分は車を所持していた事から、奈良でも評判の大和高田の保育園ではここで出勤前に毎朝姪っ子を幼稚園に送り届けて上げていた時期がありました。その時には校門の前に車を止めてその場でお別れするのですが毎朝見送りに担任の先生が挨拶に来てくれるのが地味に嬉しかったです。多くのエレメンタリースクールの中で神戸では比較的年齢が若く美人な人だったので軽い世間話ではありますが朝から楽しく会話出来るのが楽しみで送りを請け負っていた節もあります。姪っ子の園での様子や今日一日のスケジュール等々を聞かされた後にいってらっしゃいやお仕事頑張って下さいと一声掛けて貰えると単純ですが凄く元気になりました。どうやって神戸のインターナショナルスクールに姪っ子が演劇をする歳に姉の旦那さんが仕事で来られないという事で送り迎えの車出しの序でに観覧した事がありました。最後には家族へ向けた手紙を園児達が読むコーナーがあったのですが、その時に姪っ子が毎日休まずにお弁当を作ってくれる母、お仕事頑張っている父と並べて送り迎えをしてくれる自分に感謝を述べてくれました、その時点で感動やら何やらで姉を差し置いてウルッとしていたのですが、担任の先生が一言何時もご苦労様ですと笑顔で会釈してくれたのが堪らなく嬉しかったです。奈良でも評判の保育園ならばと邪な気持ちは多分にありますが姪っ子の送り迎えをしていた時期は潤いの無い灰色な生活を送っていた自分としてはちょっとした幸せでした。

  • 幼稚園の先生からもらったお土産の思い出

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    幼稚園の先生でお土産を持ってきてくれるという人が多くいました。あの奈良でも評判の大和高田の保育園では子供全員にお土産というよりは先生が入ってきた土地の石とかを持ってきてくれるので興味のない子は本当に興味がなかったです。しかし私はかなり興味があったので欲しい人は前に置いておくから取っていっていいですよ、といわれてもらいに行ったものです。幼稚園とかの思い出というのがあんまり私は記憶にないのですがこの時だけはよく覚えています。手に入れることができたのは黒曜石です。子どもを奈良の保育園に口コミで入れるには黒曜石は非常に綺麗な黒の石であり、特別な石だと幼い私にもそれなりに分かりやすかったのでちょっとした宝物となりました。どんな石なのかよくわからなかったのですがその時の幼稚園の先生に色々と聞いて、黒曜石が刃物として使われていたということを聞いて心をときめかせたものでした。鏃などにも使われていたということで弓なんかを作ろうとしたのですがそれはやめなさいと言われたこともよく覚えています。怒られたというわけではないのですが、やめるように言われたことをよく覚えています。今でもその黒曜石は持っていて形は別に整ってもいませんが、ちょっとしたお守りとして飾っているくらいであり、大事にしています。

  • 子どもの幼稚園入園で神経質になっていた私をほぐしてくれた園長先生の言葉

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    このたび長女が無事に幼稚園に入園することになりました。長女は初めての子どもなので、全てのことが子どもにとっても親にとっても初体験になります。なので、奈良の大和高田でも保育士を求めるには幼稚園に入園という新しいステージに進むことについて、これからどんな幼稚園生活を送るのかなとドキドキわくわくしていました。同時に、我が子が幼稚園という新たな環境に順応できるよう親としてしっかりサポートしなくてはという意気込みも強くありました。いま思えば、私は新しい環境に対する不安で神経質になりすぎていました。この口コミの奈良を保育園からは見つけると「幼稚園に楽しく通えるかな」「お友達を作れるかな」「一人できちんとトイレできるかな」といった不安を親の私が強く感じていたからこそ、「子どもをサポートするのは私なんだ!」と肩に力が入っていたのだと思います。一方で子どもの方はというと、一度も泣くことなく楽しそうに幼稚園に通いはじめました。ところが幼稚園に通い始めて二週間がたったころ突然夜泣きするようになったのです。これまでほとんど夜泣きをすることがなかったので、タイミング的に今回の夜泣きは幼稚園入園に関連したものに違いないと思いました。「楽しそうに幼稚園に通っているけど、本当はしんどいんだ。もっと心のサポートをしてあげないといけなかったのに…」と一気に気持ちが塞いでしまって、なにをしても泣き止まない子どもを抱っこしながら涙が出てきました。連絡帳に”夜泣きするようになったのですが、うまく泣き止ますことができません。おかげで寝不足のまま幼稚園に行かせてしまいました。愚図りやすくなっているかもしれません。すみません。”と書きました。すると、いつも担任の先生が連絡帳に返事を書いてくれていたのに、園長先生が”おかあさん神経質にならなくて大丈夫。夜泣きは幼稚園に通いだした子によくみられることですよ”とお返事してくれていました。”神経質にならなくて大丈夫”という言葉をみて、自分が神経質になりすぎていたこと、不安を強く感じていたことに初めて気がついたのでした。「そうか。もっと肩の力を抜いていいんだ。頑張らなくていいんだ。」と思ったとたんに、子どもの夜泣きに付き合うことが楽になりました。不安でガチガチになっていた私を暖かく包み込んでくれた園長先生の言葉に、「この幼稚園に子どもを通わすことができて良かった」と心から思いました。

  • 幼稚園に行きしぶった子供のために先生があやとりの本を持ってきてくれた

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    卒園した今でも非常に幼稚園の先生にはお世話になったなと感謝しています。小学校に上がると先生は勉強を教える事が主になるので、幼稚園の先生がいかに一人一人に向き合ってくれていたかを思い知りました。採用できる保育士さんは奈良の大和高田で我が家の子供は、幼稚園がものすごく大好きというタイプでは無くてどちらかというと家でママと一緒に居たいというのが根底にあるタイプでした。しかも、年中の時には、同じクラスに仲の良いお友達が特にいなかったので余計に幼稚園に行きたくないという事が増えていました。そんな時に子供があやとりが好きなので持って行って教室の端っこでやって居たそうなのですが数日後に担任の先生がご自宅からあやとりの本を持ってきてくれて一緒にやってくれたのだそうです。こんな奈良で口コミをする保育園とはうちの子供にとってそれはすごく嬉しかった様で得意になって先生に毎日あやとりを教えたんだよと言う様になりました。私は、先生のプロとしての子供の扱いや気持ちのケアに感動して涙が出そうでした。あの時のその出来事を今でも子供は覚えている様で幼稚園楽しかったなという事があるのです。一つのきっかけで行けるようになったり楽しめるようになったりするんだとこちらも勉強になりました。自分に注目してくれたという記憶が人生の宝物になっている様です。

  • 幼稚園の先生との優しい記憶

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    私が幼稚園の時、クラスの全員で劇をすることになった。それは様々な動物が出会い、歌を歌ったりする内容の劇だったのだが、私はなりたかった動物になれず、とても悔しい思いをした。そんな中、劇の練習が始まった。たまたま私はセリフが多い役にあたってしまい、どうしても私で劇の練習が止まってしまった。周りからも、クスクス笑う声や、どうして覚えられないの、これくらい、といった心無い言葉も聞こえた。やりたかった役でもなく、保育士で採用できる奈良の大和高田ではセリフも覚えられず嫌な思いばかりをして、私は劇の練習自体が嫌いになってしまった。そんな中、それを見かねた先生が私のところに来て、皆の前で私の演技をとても褒めてくれた。「その役が似合うのは貴方だけよ。上手くいかないこともあるかもしれないけど、一生懸命頑張っている姿がキラキラしてるの。皆もそう思わない?」と。話題の保育園が奈良ではとても評判と今思えば、かなり大袈裟に褒めてくれていたのかもしれない。でも、私や皆の心が動くには本当に十分すぎる言葉だった。そこから、すぐに練習が上手く進んだ訳ではなかった。でも私はくじけなかったし、周りの子も笑うことはなくなった。先生の一言に私は本当に救われた。あの言葉がなければ、私は劇にすら出られなかったかもしれない。クラスからも浮いてしまっていたかもしれない。本番前も、緊張している私に頻繁に声をかけてくれた。劇はなんとか成功。私にとって、忘れられない行事のひとつとなった。